研究目標


摩擦プロセスとは?

身の回りに目を配ると、机の上の本やペンや珈琲カップなど、実に多くの物体が「静止」していることに気づくと思います。一般に、地球上で静止する物体には、巨大な地球からの引力(重力)と共に、重力を打ち消す外力が働いています。その外力とは、互いに接触する他の物体からの斥力(接触力)です。この接触力の影響の下、一方の物体(例えば本)を他方(例えば机)の上で動かすと、接触面には抵抗力(摩擦力)が働き、機械エネルギーが熱エネルギーに変換されて、瞬時に散逸します。つまり、本研究室が研究対象とする「摩擦プロセス」の本質は、大小の差こそあれ、あらゆる接触面に例外なく生じる「機械-熱エネルギー変換」です。


我々の生活との関係は?

このように、重力下で生活する我々の身の回りには無数の接触面があり、接触を前提とする摩擦プロセスも様々な姿で現れます。最小規模は原子操作の摩擦プロセス(ナノテク)、最大規模は地球の構造プレート間の摩擦プロセス(地震災害)です。日常的なスケールでは、擦弦楽器の音色(音響学)、我々が手や肌にする道具・衣類・化粧品の質感や触感(心理学・感性工学)、更には、多数の構成要素からなる細胞・組織・生体の機能(生理学・生物学・生体工学)、機械装置の機能・性能・寿命を含む商品価値(物理工学・機械工学)などが、実は摩擦プロセスに支配されています。つまり、我々が日々営む安全で快適な生活は、多種多様な摩擦プロセスの巧みなバランスの上で成り立っているのです。


研究室の目標「摩擦プロセスの統一的な理解」

本研究室では、これまで(2001年の設立以降)多種多様な摩擦プロセスの研究を通して得た「知」と「技」を結集して、摩擦プロセスの統一的な理解を目指した総論的研究を推進しています。このタイプの研究で最も大切にしていることは、一般に「複雑」と言われる摩擦プロセスをどこまで「単純」にして良いのか、モデリングの限界を見極めることです。つまり、複雑さの表現のために「これ以上足す要素がないマキシマムな系」を目指すのではなく、目的とする複雑さを表現し得る「これ以上引く要素がないミニマムな系」を理想と掲げ、多種多様な摩擦プロセスの統一的な理解を可能とするシナリオを探求しています。そのシナリオが単純なほど、誰もが使える頑強なツールを提供できることでしょう。例えば、いわゆる教科書的な静摩擦の常識を覆す動的固着理論(Nakano & Popov, 2020)は、一つの重要なマイルストーンです(→研究内容)。


K. Nakano, V. L. Popov, Dynamic stiction without static friction: The role of friction vector rotation, Physical Review E, 102, 063001 (2020).


研究室の目標「多種多様な摩擦プロセスの把握と制御」

摩擦プロセスの統一的な理解を推進する一方で、科学技術の進展や社会情勢の変化により顕在化する摩擦プロセスの各論的問題にも注力しています。このタイプの研究は、主に異分野の研究者や産業界との研究連携を通して推進しています。例えば、百年に一度の大変革期を迎えた自動車業界では、エンジンの電動化による劇的な静粛化により、摩擦プロセスに伴う振動と異音の問題が顕在化しています。また、材料科学の進展により、従来の常識を覆す超低摩擦材料(濃厚ポリマーブラシ)や超低環境負荷材料(セルロースナノファイバー)などが開発されています。更には、再生医療分野の研究者との研究連携を通して、心筋細胞の拍動と接触力学の密接な関係(Nakano et al., 2021)などが発見されています。このような時代に即したニーズとシーズに応えるべく、最新の計測法や分析法を駆使して、科学技術課題のソリューションを探求しています(→研究内容)。


K. Nakano, N. Nanri, Y. Tsukamoto, M. Akashi, Mechanical activities of self-beating cardiomyocyte aggregates under mechanical compression, Scientific Reports, 11, 15159 (2021).